2016年12月22日木曜日

白川静 「サイのものがたり」

「サイのものがたり」 
白川静 著、金子都美絵編・画

 本著は、漢文学者であり立命館大学教授であった白川静氏の膨大な著作の中から、特に「口」という字の原型である象形文字「サイ(口の縦2つの線の上が角のように上に突出した形)」が、神に祈り、誓う時の祝詞を入れる器の形を模したものである、という説を中心に、神への祈りからいかに多くの文字が生まれたかを素敵な挿絵と共に紹介したものです。

 白川氏は、甲骨文字や金文などといった、いわゆる漢字の元となる原始的な文字の発祥において、非常に宗教的、呪術的要素が色濃く出ていることを主張してこられた異端の研究者で、かねてから多くの批判にさらされてきた、アウトローの代名詞のような先生です。しかし、生活の全てが自然頼みであった古代においては、宗教や呪術といった世界は切っても切り離すことのできない、今でいうところの科学のようなものであったことは想像に難くありません。白川氏の説は、特に殷周代社会に色濃くあった呪詛による政治形態が重用されていた時代を研究対象とする多くの古代中国史研究者に受け継がれ、独特の発展を遂げました。

 本著の中では、我々が日常的に使っている「口」を文字の中に含むさまざまな漢字が、どのような思いを受け生まれたのかを、原型の象形文字と共に簡潔に、丁寧に説明しています。例えばもうすぐ訪れるクリスマス(聖夜)の聖の字にも「口」は含まれますね。この「聖」という字は象形文字で見ると、耳と口と、人の立つ姿から構成されます。耳で神の声を聞き、それを「口(サイ)」に納める役割をもつ人を「聖」と言い、尊んだため、この字が生まれました。つまり「聖」とは、古代中国においては人間性の最も完成された状態を指す、まさに神聖な言葉だということです。現在、神の世界と人の世界の道は簡単には繋がっているようには見えませんが、今でも心が精爽な「聖」者には、その道が残されているのかもしれません。まあ昨今の聖夜では、電飾でキラキラし過ぎてその道はさらに見えにくくなっているのかもしれませんね。

最初に言いましたが、白川氏の説は独特で、特に日本の文学界ではなかなか受け入れられない方も多いのが現状です。しかし、神様の世界への道が今よりずっと濃く見えていた古代、人がどのような思いで文字を作り、祈りを込め、継いで来たのか。文字は人しか持ち得ない、人にのみ与えられたものです。この文字の成り立ちの美しさに、ひとたび立ち返ってみては如何でしょうか。
written by KS